2006年12月06日

3年目、留学することになったわけ

 その後、何とか中国語検定3級までとった。
(この間、どうやって勉強してたかは、別のカテゴリーの「学習方法と教材に書く予定。。。)
 2級は1回受けたけど、結構むずかしくて、今は修行中ってとこ。
 文法は何とかなる、話すのも何とか。。。けど聴くのだけは、ほんとにダメ。知ってる単語も聴き取れなかったり、聞き取れても、あれ?知ってるはずだけど、なんだっけ??って感じ。もちろん、知ってる単語もかなり少なかったんだけど。2006年秋頃のことかな
 そんな感じで、かなりスランプっぽかったのを、だんなの浩之くんが察したのか(?)、ある日突然、思い切ったように言った。「留学、1年間行って来い。こどもたちは、、、なんとかなるだろ。」 「!!」
 びっくりした。今までも、留学のパンフとか見てたことはあったけど、冗談みたいなもんで、行けるはずないよな~、と思ってた。その日から、頭の中は留学でいっぱい。パンフをできるだけ取り寄せて、2007年4月から1年間、という感じで探した。
 でも、落ち着いて考えてみると、、、花琳の小学校の役員とか、来年は龍馬も1年生になること、そして、なんといっても杏理はまだ4才。。。杏理だけ連れてって、中国の保育園、という手も考えたけど、3人は、今までずっと3人一緒だったし、離れて暮らさせるのは、いやだった。
 考えてるうちに、1年留学するなんて、浩之くんがいいといったけど、あたしは行かないと思った。なんでも、やれる時にやらないと、今度はもうないかもしれない、、、っていうのが、あたしの考え方。今のあたしにとっては、留学の1年より、今しかない、貴重な小さなこども達とすごす1年の方が、結局は大事だった。
 でも、留学への未練はたらたらだった。そいで、思いついた。とりあえず、1ヶ月行ってこよう♪浩之くんに話すと、気が抜けたように答えた「1ヵ月??じゃぁ、らくらくじゃん。」
 そして、1ヶ月くらいの短期の留学できる大学探しから始めたのだが、、、留学のための、ちょっと困難な日々。。。?も、始まったのだ。

投稿者 reiko : 15:55 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月05日

北京コンパが、中国語のことはじめ?!

 中国を勉強し始めたのは2004年の1月。ちょうど、この12月でまる3年だ。
 ひょんなことから、北京コンパに参加することになって、2003年12月31日、初めて北京に行った。中国へ行くのも初めてだった。その時、友人たちと泊まったのは、「京華飯店」という北京市街の南端にあるホテルのドミトリー。ドミトリーとはいっても、ホテル自体は結構大きかった。
 しかし!!なんと、そのホテルのフロントさえも、英語が通じない!?街中では中国語しか通じない、というのはきいていた。でも、ホテル、しかも大きなホテルでさえ、英語が通じなかったのは、ほんとにほんとにショックだった。あたしは、「中国はすごい!」と感動してしまった。だって、英語は世界共通語、と思っていたから。中国って、我が道をいってるんだなぁ、、、と思った。その時、友人の中に、少し中国語を話せる人がいた。そして、中国の人と中国語を話してるのを見て、また、「すっごーーい!かっこいーー!」と、思ってしまった。彼は中国語検定の4級をとって、3級も受けたとこなんだと聞いた。中国語検定か~、と思った。
 日本に戻って、すぐにラジオの中国語講座を聞き始めた。1月というと、入門編でも結構進んでる。なので、聞いてても、さっぱりわからなかった。でも、まぁ、とにかく、毎日聞くようにしてたかな。
 北京コンパ。。。これが、あたしの中国語勉強ことはじめ?なのだ。

投稿者 reiko : 22:18 | コメント (0) | トラックバック