TopColumnKanli-nin > シャロムの森への思い

« 釣果情報20051015さすらいのイワナ釣り師 | メイン | 釣果情報20051016ミネムラ »

2005年10月16日

●シャロムの森への思い

シャロムの森のシャロムとは

 ヘブライ語でシャローム、神の平和を貴方へ、神の平安を貴方の上に、永遠の平安を表わします。
つまり、永遠の平和の森、永遠の平安、永遠に変わらぬ森という思いを込め、名づけました。

この森に存在する全ての者たちが、豊かに、その生命を次世代へと繋げていけますように・・・

シャロムの森への思い

僕達は、永遠の時間の中で、わずか一瞬の輝き、しかしそれは時空連続体の一部であります。
全てが密接に連接し、一つの小宇宙を織り成していきます。
この時、この一時代における自らのパート、役割を担って生きたいと願っています。

それは、壊すことでも、造る事でもなく、見守ること、尊重すること、観察することではないかと思います。

自然は極めて繊細で、はかなく、ちょっとした人間の欲により壊れてしまいます。
シャロムの森の渓流沿いの岩肌にある土はわずか数cm、この土ができるまでに、どれくらいの時間が経ったのか全く想像できません。

しかしまた、自然は極めて、柔軟で、強靭であり、しぶとくもあります。
私達が造った林道も、こまめに整備し続けなければ、わずか10数年で道なのか、山肌なのかわからなくなります。

私達は、最大限の畏怖と尊敬を持って、自然と共に生きていこうと思います。

この森はそんな思いで未来の子供たちに手渡したく思います。


     シャロムの樹

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://shalomnet.net/cgi/mt/mt-tb.cgi/156

コメント

DASOKU
 「山は守るものではなく、山に守られている。」そんな思いを抱きながら山を思い、木を思う。
 美しさと、厳しさと、楽しさと悲しさと、色々な願い、気持ちが交錯する。その中の答えはきっと「未来」という言の葉の中に集約され「希望」という名の思いに変る。
複雑でもあり、単純でもある。
「未来の子供たちへ」何を私たちはできるのか。
 少しずつ、少しずつ、木が一年に一本の年輪を刻んでいくように、歩みたい。
(Ban-Nin)

Ban-ninさん ご無沙汰してます。
森も少しづつ色づいてきましたね。
今年の鱒は森が健康なんだなと、より一層認識出来たぐらいに数、質共に上がっていますね。w
いつもBan-ninさん達とお話すると、自然が永い時間をかけて出来上がったるんだなと感じます。
それに比べて人のなんとせせこましいことか・・・(笑)
私も、もっと未来を考えていきたいです。w

深まりゆく秋の日を肌に感じるいい一日をありがとうございました。
紅葉の森の中で歩きお気に入りの竹竿を振る。
禁漁を迎えているこの季節には、なかなか味わうことの出来ない時間であり、豊かな自然に抱かれた渓を歩くことは、日頃のストレスがみるみる溶け出すようで月曜日を迎えた今朝は、まるで脱皮をして生き返ったようです。
まずは、お礼まで・・・・。

Mar様
一日、楽しんでいただきありがとうございました。
そんな釣行を皆様にしていただきたいと、常々思っています。
これからもよろしくお願いします。

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)